日本とモンゴルの歴史を感じるスポット「日本人慰霊碑」

      2017/09/01

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ウランバートル中心部から北部へ車で約30分。
ダンバダルジャーという町の丘の上に、モンゴル拘留で命を落とした方々の日本人墓地跡(日本人慰霊碑)があります。

第2次大戦後、ソ連によってシベリアに拘留された日本人60万人の中から1万2000人余りがモンゴルへ送られ、ウランバートルの都市建設や地方での労働力として使われました。

冬はマイナス30度以上にもなる過酷な気候と、最低な生活環境の中での重労働、飢え、伝染病などの様々な要因から、1945年から1947年の引き上げまでの2年の間に1,600人余りが亡くなり、モンゴル全土の16カ所に埋葬されました。

そのうちの半数以上の遺骨(853柱)が埋葬されていたのが、ダンバダルジャーです。
遺骨は既に、遺族の方々によって日本へ持ち帰えられました。

2001年に「日本人死亡者慰霊碑」として日本政府によって建立され、その後は皇族の方や首相・国会議員を始め、日本人観光客も多く参拝に訪れている場所です。

モンゴルへ訪れたら是非一度は、日本とモンゴルの歴史を感じる「日本人慰霊碑」へ足を運んでみてください。

 

静かな丘の上に佇む日本人慰霊碑(日本人墓地跡)

入り口

入り口の門です。「日本人死亡者慰霊碑」と書かれた看板があります。

車を門の前に停めて、ここから慰霊碑まで少し歩きます。

 

丘の上に建物が見えてきます。

左の緑色の家は、管理人さんの自宅(手作り)です。
近くまで行くと「こんにちは」と言いながら家から出てきてくれました。
(ネット情報では日本語が話せるモンゴル人と書いてありましたが、違い方でした)

丁寧に案内してくれた管理人さん。日本語は挨拶程度です。

ここに住んで20年だそうです。

 

小さな記念館

まずは案内されたのはこちらの建物。

お線香をあげたり、献花や少しの資料が展示されている小さな記念のような建物です。

 

建物に入ると中央には観音様。
観音様の足元には、お線香が準備されています。

世界の平和を願いながら、お線香をあげさせていただきました。

 

写真下にあるプレートには、亡くなられた方の名前・出身地・没年月日が書かれています。

中には自分と同じ苗字の方がいらっしゃいました。
どこかで繋がりがあるのかもしれないな…などと考えたりしました。

 

壁には日本人墓地や施設の歴史が絵や写真で説明されていたり、献花などが置いてありました。

 

円形の広場

 

小さな記念館を出て階段を上ると、円形の広場があります。

この広場はマイクなしでも音が大きく反響する特殊な構造になっていて、慰霊祭の時はこの場所でお経をあげるそうです。

そして、広場中央にはモンゴルの地図。日本人墓地があった16カ所が刻まれています。

赤い印がダンバダルジャー。

 

さらに階段を登って上から円形の広場を見てみます。

右上から左手前に斜めに線(/)があるのがわかりますか?

これは、日本がある方角を指しています。ちょうど左手前の延長線に日本があります。

 

 

献花台・モニュメント

市内が一望できる見晴らしの良い最上部には、献花台があります。

私たちが訪れた前日には、遺族の方が数名来られて慰霊祭が行われたそうです。献花が飾られていました。

 

献花台は、近々日本から技術者が来られて管理人さんも一緒に修理するとのことでしたので、今まで以上にきれいになると思います。

 

天井に丸い穴が開いているモニュメントは、時間帯によって壁に映る日の光が丸くなります。日本の日の丸の国旗を表しているのだそうです。

 

献花台の奥の壁には、日本政府によるメッセージが飾られています。

 

icon-comments-o 管理人さんの説明によると…

拘留された日本人はシベリアから冬の極寒の中、約1,800kmもの距離を歩いて移動したそうです。
しかも、彼らの着ていた服は敗戦当時の夏服のまま。あまりの寒さに呼吸器系の病気を患っていた方が多くいたそうです。

おじいさん(管理人の祖父)は、当時日本人拘留者と関わったことがある方のようで「羊や牛のスープを日本人に提供すると、とても体が温まると言っていた」と伝え聞いているとのことでした。

日本人拘留者の「病院」として使われていた建物が、慰霊碑から徒歩20分ほどの所にあるダンバダルジャー僧院に残っているそうです。

 

桜の木の植樹

今年の6月に桜の木を植えたと聞いたので、見に行きました。

10月にはまた別の品種の桜を20本ほど植える予定だそうです。
美しい桜の花が咲く日が待ち遠しいです。

桜の他にも、日本人訪問者によって植林された木々が植わっています。

 

日本人の血と汗の結晶が今でも残るウランバートルの街並み

今では観光客も多く訪れる首都ウランバートルですが、その基盤となる道路や公共建築物(国会議事堂、オペラ劇場、中央図書館、国立大学など)は、過酷な労働で血と汗を流した日本人によって建設されました

いかなる環境下でも丁寧に、勤勉に働いた日本人の技術、地震がほとんどないということもあってか、今でも現役で使用されている建物もあります。

「日本人の作った建物は丁寧に作られている」と賞賛するモンゴル人も少なくありません。

そのような事を知った上でウランバートルを観光してみると、今までとは違う「ウランバートル」が見えるかもしれません。

 

国会議事堂(チンギスハーン広場)


photo by http://kitekikaido.sblo.jp

以前(2005年まで)の国会議事堂。

 

現在の国会議事堂とチンギスハーン広場。

現在の建物の中央には大きなチンギスハーンが鎮座し、ガラス張りの綺麗な建物ですが、この建物の裏手に以前の国会議事堂が残っています。

 

国立オペラ劇場


photo by http://cannergy.la.coocan.jp

チンギスハーン広場の東側にあるのが国立オペラ劇場。

人目を惹く大きな柱に、ピンク色の重厚な建物です。

ロシア文化の影響を受けているモンゴルでは、バレエやオペラは気軽に楽しめる娯楽の一つでもあります。

 

まとめ

ダンバダルジャーの日本人慰霊碑は、中心部から離れているので人も少なく静かな時間が過ごせます。

管理人さんの説明を聞きつつ、祖国に帰ることを願いながらもこの地で亡くなられた方々のことを考えながら、じっくりと向き合うには良い環境だと思いました。

今自分がいる場所に多くの日本人の苦労があったことを知ると、モンゴルという国も、普段何となく通り過ぎていた場所も「自分と関係あるもの」として今まで以上に近く感じるようになりました。

 

アクセス

【日本人死亡者慰霊碑】

《所在地》
ウランバートル市スフバートル区ダンバダルジャー日本人墓地

《アクセス》
市内循環バス「ダンバダルジャー」路線で終点バスターミナルから北西に徒歩で約7分。

《営業時間》
24時間年中無休

《マップ》

 

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